Inspired by the horizons of Bournemouth beach and the New Forest|水平線と地平線

I am drawn to go to see the horizon, to see myself beyond it dispassionately, listening to the unconsciousness, and make it revealed. As a result, I can make myself aware of who I am and how I exist in this world. The line seems to be the boundary between each of us and the outside world. Both the world and oneself could be defined by capturing the line, nevertheless, it is like the horizon which disappears when we reached it.

My paintings focus on drawing the viewer’s eyes into them through the use of watery or translucent acrylic colour. A subtle hint, which emerges from underneath or edges of the canvas, could make the viewer trace the history of the process of painting. Through this I would expect the viewer to look for their own aesthetics in the imperfection of the paintings, illuminating their imagination. In these days, there is a flood of information and people seem to be able to perceive it as a stimulus without thinking. Our senses would have been dulled, however, I believe my art work could have a function to act on individual aesthetic sense.

We are here living our lives, always estimating the ‘distance’ between ourselves and the world, and there should be an interrelation for better or worse. The boundary line could be liminal, or just like the skin which distinguishes between inside and outside of body. It won’t be able to become clear, but it is obvious that we walk on the line consciously and unconsciously.

14/09/2012 Miki Wanibuch

水平線、それは自己と世界の境界線。

なんどもなんどもあのラインを見に行ったのは、その向こうに冷静な自分自身をさがしていたのかもしれません。自分の無意識の部分との対話、そしてそれは、わたしが何たるかを明らかにする行為につながるような気がするのです。あのラインを描くことで自分とそして世界の輪郭を知ることができる。けれど、到達したと感じた瞬間、水平線はまた遥かとおくに見えるのです。いったい誰が、世界を正確につかむことができるのでしょうか。

半透明で曖昧なライン、白で覆われたその下からにじみ出す色とテクスチャ、キャンバスのエッジに残る色の重なりの痕跡。「隠す」ことによってこれら微妙なヒントを少しだけ残し、そのプロセスのなかで何が起きていたのかを、追ってもらう。はっきりと答えの見つからない絵を通して、想像力を研ぎ澄まし、観る人自身の美を探してもらいたいと思っています。たとえば、情報の氾濫する今の社会で、与えられる情報はただなんとなく刺激として簡単に知覚されてしまう。わたしたちの感覚は麻痺してしまったかもしれません。けれど、そんな世の中であえて静かな絵を提示し、各々のもつ知覚能力に語りかけること、ひいては彼ら自身を知ってもらうことに貢献できればと願うのです。

己と世界、己の内と外。わたしたちはいつも、その境界線の上を歩いているのではないでしょうか。そしてそこにはきっと、良くも悪くも相互作用がある。その境界線はたとえばリミナル(=識閾)であるのかもしれない。もしくは、ただ内と外を分ける皮膚のようなものかもしれない。それがはっきりとしたかたちを成すことはないだろうけれど、あのラインのあたりに何か答えが見つかりそうな気がするのです。

14/09/2012 わにぶちみき

水平線、それは自己と世界の境界線。

そのラインを描くことで自分とそして世界の輪郭を知ることができる。けれど、到達したと感じた瞬間、水平線はまた遥かとおくに見えるのです。

絵のなかに生じた時間の軌跡をたどることで、観る人のなかにも自己と向き合う時間が生まれ、その静けさのなかでそれぞれの世界を知ることができる。

己と世界、己の内と外。
そこにはきっと相互作用がある。

リミナル=識閾(しきいき)に触れ、自分と世界との「距離」を探る体験を提供できればと考えます。

絵と鑑賞者のみなさんとの間にも、静かな作用が生まれることを期待して。

MIKI WANIBUCHI